2012年2月発売! 

K-POP 遙かなる記憶

田月仙(チョン・ウォルソン) 著

大ブームの底流、日韓音楽交流史に迫る

小学館

東方神起KARABIGBANG少女時代……空前のK-POPブームに沸く日本。なぜ、日本でここまでK-POPが受け入れられたのか。そこには、 K-POPの仕掛け人たちが若かりし頃、日本の歌謡曲に多大な影響を受けて来たという歴史がある。統治時代の反動から、戦後、韓国政府は国民に日本の音楽 を聴くことを禁じたが、音楽は政治の壁を超え、いしだあゆみの『ブルー・ライト・ヨコハマ』にはじまり、五輪真弓安全地帯KUWATA BAND中島美嘉……と90年代後半まで水面下で韓国人に親しまれてきた。


 2PMを手掛けるトップ・プロデューサーのパク・ジニョン(박진영)、人気作曲家キム・ ヒョンソク(김형석)、少女時代や東方神起を擁する韓国最大の芸能事務所SMエンタテインメント社長のイ・スマン(이수만)、KARAの作曲家のハン・ジェホ(한재호)など活躍目覚ましいK-POPの仕掛け人たちを紹介している。K-POPが日本の音楽にどう 影響を受けたのかを、当事者や音楽関係者の証言で取材している。日韓で活躍し両国の音楽界事情に詳しい著者ならではの視点 で、K-POPの最新事情とその底流にある日韓音楽交流史に迫るノンフィクション。

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• 単行本: 206ページ
• 出版社: 小学館 (2012/1/30)
• 言語 日本語
• ISBN-10: 4093882304
• ISBN-13: 978-4093882309
• 発売日: 2012/1/30
• 商品の寸法: 19.4 x 13 x 2.2 cm

K-POPの質の高さの裏に日本と韓国の歴史ありと書評家絶賛



 戦後、日本文化禁止政策下の韓国で、日本の歌は密かに韓国人に愛されていた…。K-POPブームの仕掛け人が日本の歌にどう影響を受けてきたか。『K- POP 遙かなる記憶』(田 月仙、小学館・1470円)は、コリアン二世の著者がK-POP-の裏側に迫るノンフィクションだ。この本を、3人の本好きに読んでもらい、感想を述べて もらった。

 小説よりもエッセイが好きなOLのカオリさんは、
「いまのK-POPの舞台裏、韓国音楽界の歴史に肉薄し、かなりの読み応えあり。かつて韓国では日本の音楽が禁じられていたにもかかわらず、韓国人たちは海賊版を買ってでも安全地帯ら日本の音楽を愛していた。音楽はまさに国境を超え、人と人をつなぐ懸け橋。
 BIGBANGのT.O.P.が『ブルーライト・ヨコハマ』が好きなど、ファンならずとも興奮間違いない一冊だ。K-POPファンならぜひ読んで!」

 1児の母である40代のルミさんは、こう語る。
「最近、K-POP の質の高さに魅了されているが、その華やかさの裏には日本と韓国の歴史など、忘れてはいけない真実があると気づかされた。
 日韓には難しい問題も多い中、『冬ソナ』のユン・ソクホ監督の"外交官もできない仕事を文化的なコンテンツでやりとげたんです"という言葉がとても印象的だった。日韓から素敵な音楽が生まれることを望んでやまない」

 月に30冊以上読むというライター・コンさんは次のように話す。
「全然知らなかった。往年のヒット曲、いしだあゆみの『ブルーライト・ヨコハマ』が、当時、日本の歌が禁じられていた韓国で爆発的な人気だったなんて。そもそも戦後の韓国で、なぜ日本の文化が厳しく統制されたのか、この本を読むまで詳しく知らなかった。

 そして、音楽の力は政治の壁を超えて人の心をとらえることに感動。日韓の音楽シーンの知られざる側面を丹念に取材した硬派なノンフィクションだ

 

 

해협 넘나드는 재일동포 성악가 전월선씨 책 펴내

일본은 물론 남북을 오가며 왕성한 활동을 펼쳐온 재일동포 2세 성악가 전월선씨(54·사진)가 최근 일본에서 돌풍을 일으키고 있는 K팝에 관한 책을 펴냈다.

제목은 <K-POP 아련한 기억>(쇼가쿠간). 일본 NHK방송이 2010년 방영한 K팝 특집프로그램 제작에 전씨가 참여하면서 K팝의 기획자, 작곡가와 아이돌 그룹들을 두루 취재한 내용을 묶고, 한류붐의 이면에 숨겨진 양국 문화교류의 역사도 짚었다.

 

지난 17일 도쿄의 ‘코리안타운’인 신오쿠보에서 만난 전씨가 책을 쓰게 된 배경은 좀 색다르다. “1994년 오페라 공연을 위해 처음으로 서울을 방문했다가 남대문의 포장마차에서 ‘블루라이트 요코하마’라는 일본 가요가 흘러나오는 것을 듣고 깜짝 놀랐습니다. 일본 대중문화가 개방되기 전 시절이죠. 나중에 공연 관계자와 아티스트들에게 물으니 모르는 이가 없을 정도더군요.”

1980~90년대 일본 대중음악이 한국에 비공식적으로 유입되면서 ‘일류(日流)’가 서브컬처처럼 형성돼 있던 시절이다. 정부가 일본 대중문화 유입을 금지했지만 많은 이들이 여러 경로를 통해 안전지대, X-재팬 등 일본 아티스트의 음반을 입수해 즐겨 들었다. 하지만 이는 ‘블루라이트 요코하마’의 가수 이시다 아유미조차 모를 정도로 일본에는 잘 알려져 있지 않은 사실이다.

전씨가 책을 쓴 취지는 지금 한류가 일방적으로 일본을 ‘융단폭격’하고 있는 듯 보이지만, 양국 문화교류가 한류에 일종의 자양분 역할을 했다는 점을 환기시키려는 것이다. 물론 ‘일본 대중문화가 한류를 키웠다’는 이야기가 아니다. 서로 주고받으며 풍성해지는 문화의 보편성이 한·일 간에도 적용되고 있음을 강조하고자 한 것이다.

전씨는 K팝의 성공요인으로 풍부한 한국인의 예술적 기질과 한국 음악시장의 치열한 경쟁체제를 꼽는다. “‘신세타령’이란 말도 있듯이 한국인들은 감정을 몸으로 표현하는 리듬감을 타고난 것 같아요. 일본에서 많은 코리안들이 연예계에서 활약하는 것을 봐도 한국민의 예술성을 확인할 수 있습니다.”

하지만 K팝에도 점차 ‘거품’이 끼고 있다고 우려한다. “주변에서 K팝이 천편일률이어서 식상하다는 말도 들려요. 일부 그룹이 성공하긴 했지만 아직 (아티스트가 아닌) ‘아이돌’로서일 뿐입니다.” 한바탕 축제 같은 분위기 속에 많은 K팝 그룹들이 손쉽게 일본시장에 진입했지만 앞으로는 가창력과 음악성으로 승부하지 않으면 도태될 수 있다는 것이다.

도쿄에서 태어난 전씨는 일본음악계를 대표하는 소프라노 성악가로 남북, 일본 정상 앞에서 공연을 펼친 이력으로도 유명하다.

1985년에 평양을 방문해 김일성 주석 앞에서 노래했고, 1994년에는 서울 예술의전당에서 오페라 <카르멘>의 주역을 맡았다. 2002년에는 도쿄에서 고이즈미 준이치로(小泉純一郞) 당시 총리가 주최한 김대중 대통령 환영공연에도 출연한 바 있다.

 

「K-POP 遙かなる記憶」

ブームの〝仕掛け人〟たちと
〝日本の歌〟とのDEEPな関係――

いしだあゆみ、BIGBANG、KUWATA BAND、
安全地帯、2PM、中島美嘉、KARA……
コリアン二世のディーヴァが日韓音楽交流史を繙く

 

   

BIGBANGとブルー・ライト・ヨコハマ

人気グループBIG BANG(빅뱅)。公演の最中にいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」で口をさみさんだ。実は韓国でもっとも知られた日本の歌なのだ。前著書「禁じられた歌」でも述べられている韓国とブルー・ライト・ヨコハマの関係。韓国POP界をリードしてきた作曲家・キム・ヒョンソク(김형석)が証言するK-POPへの影響は。幻の「白盤」発掘も。

 

スキップ・ビート at 2PM

韓国第二のK-POPプロダクション・JYPエンタテインメントのパク・ジニョン(박진영)。通称JY-PARK。プロデューサーでもあり、歌手でもあり、2PMや2AM、WONDERGIRS、MISS Aの楽曲も提供する作曲家でもある。彼は高校生の頃、桑田佳祐や久保田利伸に影響を受けた。初めてクワタバンド=桑田佳祐(サザンオールスターズ)の「スキップ ビート」を聞いて驚いた。K-POP仕掛け人の青春と日本の歌の関係。

 

KARAのミスターを探して

ソウルにあるオリンピックスタジアムで開催された「Asia Song Festival 」。ミスター(Mr.)を歌うKARA(カラ)。このKARAのステージを客席から見守る二人組。KARAや後輩のRAINBOWの作曲を手がける、ハン・ジェホ(한재호)とキム・スンス(김승수)。彼らを通してK-POP誕生の謎に音楽的見地から迫る。

百年目のARIRANG

なぜK-POP仕掛け人たちは隠れて日本の歌を聴いたのか? 1910年、日本は韓国を併合。朝鮮半島の人たちを日本人に同化する政策をとった。パン・ヤウォル(半夜月)は録音するときは朝鮮総督府の検閲を受けなければならず、日本人の気分に合わないと禁止された。右上写真は当時発売を禁止されたという記録が残っているチェ・ドンウォンが歌ったアリラン。禁止の理由は「治安」としか書かれていない。

リ・イマジネーションの季節

日本文化の禁止政策は続いていたが、韓国では日本の歌の人気があった。「恋人よ」「I LOVE YOU」「リバーサイドホテル」「赤いスイートピー」「ジュリアに傷心」「ダンシングオールナイト」「「乾杯」「Good day」「お祭りマンボ」「お嫁サンバ」…。中でも安全地帯は、広く人気があった歌手。また「恋人よ」はのちに隣愛(LINEA)が「離別後-愛」としてカバー。キム・セフン監督により韓国人俳優が出演したミュージックビデオも作られた。韓国でカバーされた日本の歌の数々を関係者に聞いた。

「冬のソナタ」と「雪の華」

 2002年のサッカーワールドカップ共同開催の翌年、日本で韓国ドラマ「冬のソナタ」が大ヒットし「韓流ブーム」「ヨン様ブーム」が湧き起こったのだ。「冬のソナタ」のユン・ソクホ監督。「冬ソナ」プロデューサーで「ごめん、愛してる(ミアナダサランハンダ)」の監督でもあるイ・ヒョンミン監督が選んだ「雪の華」。そしてヨン様も出演した「ドリームハイ」への系譜を辿った。

 

少女の時代がやってきた

  K-popブームの台風の目となった「東方神起」や「少女時代」が所属する韓国最大手プロダクションのSMエンターテインメント(SME)。会長のイ・スマンは「韓流株式財閥」と呼ばれるほど大成功した。しかしその彼がK-POPの帝王となる課程には、日本の影響があった。韓国で人気のあった「少女隊」。ダウンタウンの番組で「オジャパメン」としてヒットした「ソバンチャ(消防車)」。「H.O.T.」の成功と、「S.E.S.」の日本進出。そして「BoA」、「東方神起」と続く系譜をひもといた。写真はK-POPブームの前夜とも言える2000年のM-NETのスタジオ。

 

虹と野獣

KARAと少女時代の成功以来、続々と日本進出を果たすガールズグループたちが後を絶たない。それ「ぞれ長い練習期間を経てすでに韓国でアイドルとして活動しているだけに、日本での競争は熾烈なものとならざるをえない。猫ダンス」のT-ara、「ドラムパフォーマンス」のAFTER SCHOOL、「半地下アイドル」Secret、「KARAの妹分」RAINBOWなどが日本上陸を果たした。一方、東方神起の後を追う男性グループ達の戦いも、日々熱をおびている。野獣アイドルのキャッチフレーズで日本デビューした2PMとBEAST。それを支えるオーディション番組。K-POP育成の舞台裏は。

 

真夏の夜のK-POPドリーム

 日本で次々とデビューするK-POP歌手達。ショーケースは韓国のテレビ局・韓国放送公社(KBS)なども一緒になり盛り上げている。2011年の夏は、太陽の光が容赦なく降り注ぐ中、大挙押し寄せたファン達でさらに熱くなっていたまさにK-POPのピークの年だった。KARAの追っかけを自認するグループの人々(写真)を始め、多くのファンがK-POPを契機に韓国への関心を持ち始めていた。幅広い年齢層のファンたちを見ると、K-pop人気が一過性のブームではなく、確実に日本社会に溶け込んできているようにも見えるが…。

 

K-POP身世打鈴

近頃の歌謡(K-pop)は、本当に問題が多いよ。歌より必要なのは全身整形。歌はフックソングにオートチューン…。K-POPの画一性をもまたK-POPで歌うアーチストSAN E(サニー)。黒人にルーツがあるともいわれるラップは、自分の身の上に起きた出来事や心の思いを節に乗せて延々と歌う韓国の伝統歌唱「身世打鈴(シンセタリョン)」のようであり、歌うことによって魂の昇華が得られているようだ。それはラップミュージックも似ている。歌が好きな韓国人とK-POP成功の関係とは?

 

K-POP大御所の告白

かつて日本には韓国からたくさんの歌手が進出してきました。なかでもパティ・キムさんは、1960年、日本と韓国に国交が無かった時代、日本に進出した歌手。代表曲は「イビョル(離別)」。

 

 

 

Chon Wolson officilal Website www.wolson.com

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